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 町内会の歩み 下曽根荒神社 観 音 堂 地 蔵 堂

下曽根荒神社の桜、3/30 今日は黄砂で霞んでいます/8888

  八軒屋の歴史と変遷

八軒屋は、かつて神社単位の氏子制度で運営されており、毎年1月2日に新年会を開き世話役を決めていました。戦後の高度成長期、特に深安団地の造成を機に地勢が大きく変わり、転入者の増加により昭和50年(1975年)の福山市合併を契機に新たな町内会が発足しました。当初2組だった町内会は、翌年には4組編成となりました。

  下曽根荒神社

元禄4年(1691年)に勧請され、地域の産土神として祀られてきました。明治4年(1871年)に村社とされ、わずか30戸ほどの氏子によって300年以上にわたり守られています。本殿は3間社流造で、明治36年(1903年)に御内殿が造営されました。昭和27年(1952年)には宗教法人として登録されています。

  観音堂

明治22年(1889年)の記録に見られ、欽明天皇作と伝わる観音菩薩が祀られています。戦後、老朽化が進みましたが、昭和48年(1973年)に集会所が建設され、観音様も再び祀られました。2019年(令和元年)5月18日には33年に一度の御開帳が行われました。

  四ッ堂

かつて道行く人の休憩所として親しまれた四ッ堂には地蔵尊が祀られ、寛政10年(1798年)の奉納額が残っています。老朽化が進み、道路改修を機に新たな小祠が建立されました。

  まとめ

八軒屋は、神社や寺院を中心に発展し、町内会の変遷を経ながらも伝統を守ってきました。下曽根荒神社、観音堂、四ッ堂は今も地域の信仰の中心として大切にされています。